ブログ・コラム
2026.06.01
なぜ夫婦や家族はすれ違うのか?暮らしの前提条件と心地よい距離感から建築家が考える後悔しない家づくり
- カテゴリ:
- 住まいと暮らしの考え方
なぜ家族は同じ家に住んでいても、
すれ違ってしまうのか。
家づくりの前に考えたい
「前提条件」と暮らしの価値観の話。

※同じ家に暮らしていても見ている景色は
違うものです。だからこそ、
互いの距離感も含めて暮らしの前提を
語り合う時間が、
心地よい住まいを育てていきます。
家づくりのご相談を受けていると、
「夫婦で意見が合わないんです」
というお話を伺うことがあります。
間取りのこと。
収納のこと。
予算のこと。
土地のこと。
インテリアのこと。
時には家づくりそのものに対する
考え方まで。
しかし、
これまで多くのご家族と
住まいづくりを
ご一緒してきた中で感じるのは、
意見が違うことそのものが
問題ではないということです。
本当に大切なのは、
その意見の背景にある“前提条件”を、
お互いが理解できているかどうか。
そこにあるように思います。
常識はひとつではないということ。
私たちは普段、
「普通はこうだと思う」
「当たり前にそうだと思っていた」
という言葉を何気なく使っています。
しかし少し立ち止まって考えてみると、
不思議なことだと思いませんか?
自分にとっての普通は、
本当に世の中の普通なのでしょうか。
〇関連blog
認知の歪みが暮らしを疲れさせる理由|住まい・間取り・住環境と「心」の関係を、建築家が丁寧に整える理由
https://www.y-kenchiku.jp/blog_detail838.html
例えば、
朝食はご飯が当たり前だと思う人もいれば、
パンが当たり前だと思う人もいます。
休日は家族で出掛けるものだと
思う人もいれば、
自宅でゆっくり過ごすことが
大切だと考える人もいます。
家はいつも
片付いているべきだと
考える人もいれば、
多少生活感があっても
居心地が良ければよいと考える人もいます。
どちらが正しいという話ではありません。
ただ、それぞれが
育った環境や経験、学びによって
形成された価値観が違うだけなのです。
人は誰でも、
自分の経験を通して
世界を見ています。
だからこそ、
自分にとっての常識を無意識に
「正しい基準」だと
思ってしまうことがあります。
けれど本当は、
常識とは一つではなく、
数えきれないほど存在しています。
なぜ家族はすれ違うのか?
家族だから分かり合える。
夫婦だから伝わる。
親子だから理解できる。
私たちはそう思いがちです。
しかし実際には、
近い関係ほど言葉を省略してしまいます。
言わなくても分かるだろう
察してくれるだろう
一緒に暮らしているのだから
理解しているはず・・・・・。
そう考えてしまうのです。
ところが相手は、
自分とは違う人生を
歩んできた一人の人間です。
同じ家に住んでいても、
同じ景色を見ていても、
見えている意味は違うことがあります。
例えば、
夫は、家族のために頑張って働いている
と考えている。
妻は、もっと家族との時間を
大切にしてほしいと考えている。
どちらも家族を大切に思っています。
しかし前提条件が違うため、
お互いの行動が
正しく伝わらないことがあります。
これは決して珍しいことではありません。
皆さんにも
思い当たる節があるかと思います。
多くのすれ違いは、
価値観の対立ではなく、
前提条件の共有不足から
生まれています。
家づくりでも同じことが起こる。
実は、この問題は
家づくりにもそのまま
当てはまります。
例えば、
ご主人が「広いリビングが欲しい」
と言う。
奥様が「収納をたくさん欲しい」
と言う。
一見すると対立しているように見えます。
しかし深く話を聞いていくと、
ご主人は家族が自然と
集まる場所をつくりたい。
奥様は、片付けに追われずに
家族との時間を増やしたい。
そんな想いを持っていることがあります。
つまり二人とも、
本当に望んでいるのは
「家族との時間」なのです。
表面的な要望だけを見れば
意見は違います。
しかし背景にある価値観を見ると、
同じ方向を向いていることが
少なくありません。
だから私は打ち合わせの中で、
なぜそう思われるのですか?
という質問を大切にしています。
設計の仕事は、
図面を描くことだけではありません。
その言葉の奥にある
本当の願いを
見つけることでもあるのです。
「暮らしやすい家」の正体・・・・・。
住宅会社の広告やSNSを見ると、
「暮らしやすい家」
という言葉をよく見かけます。
しかし私は、
暮らしやすさにも
絶対的な正解はないと思っています。
回遊動線が
便利だと感じる人もいます。
最短距離で移動できる家が
便利だと感じる人もいます。
大きなLDKに憧れる人もいます。
包まれるような落ち着いた空間を
好む人もいます。
収納が多いことに
安心を感じる人もいます。
物を持たない暮らしを
心地よいと感じる人もいます。
つまり、
暮らしやすさとは建物そのものではなく、
住む人の価値観との
相性によって決まるのです。
だから私は流行の間取りよりも、
そのご家族らしい暮らし方を
大切にしています。
流行は変わります。
しかし、
その家族らしさは長く残ります。
家づくりで
本当に必要なのは答えではなく対話。
家づくりを始めると、
多くの人が正解を探します。
どんな間取りが良いのか。
何帖あれば十分なのか。
どの設備を選べば失敗しないのか。
もちろん情報収集は大切です。
しかし家づくりは
試験ではありません。
唯一の正解があるわけではないのです。
本当に必要なのは、
家族で対話することです。
なぜその部屋が欲しいのか。
なぜその設備が気になるのか。
どんな暮らしを実現したいのか。
どんな未来を思い描いているのか。
そこを話し合うことで、
本当に必要なモノゴト、
そして、その家族、その暮らしにとって
最適解が見えてきます。
家は完成した瞬間がゴールではない
完成写真を見ると、
美しい外観や整ったインテリアに
目が向きます。
しかし家は完成して終わりではありません。
むしろそこからが始まりです。
毎日の朝食。
洗濯。
掃除。
子どもの成長。
家族との会話。
趣味の時間。
親の介護。
年齢による暮らし方の変化。
人生の大半は完成写真には写りません。
だからこそ設計では、
建物だけでなく
暮らしを見る必要があります。
どんな毎日を送りたいのか。
どんな時間を大切にしたいのか。
どんな関係性を育みたいのか。
そこを考えることが、
住んでからの満足度につながります。
建築における住まい造りとは、
人間関係を整えることでもある
私は建築における住まい造りとは
単に建物をつくることではないと考えています。
家族が顔を合わせる場所。
一人になれる場所。
程よい距離感を保てる場所。
気配を感じながらも干渉しすぎない場所。
そうした環境が、人間関係を支えています。
住まいは単なる箱ではありません。
家族の時間を育てる器であり、
生活を営むための環境そのものです。
だからこそ設計では、
動線や収納だけでなく、
人と人との関係性まで丁寧に考えるべきだと
思っています。
間取りの前に、暮らしを考える。
家づくりを始めると、
どうしても間取りやデザインに
目が向きます。
しかし本当に大切なのは、
その前にあります。
私たちはどんな暮らしをしたいのか。
休日をどう過ごしたいのか。
家族との距離感をどう考えるのか。
来客を招く暮らしが好きなのか。
静かに過ごす暮らしが好きなのか。
十年後、二十年後に
どんな家族でありたいのか。
〇関連blog
設計者は、感情を設計している。 ── 暮らしの心地よさから考える、建築家による住まいづくり
https://www.y-kenchiku.jp/blog_detail747.html
その問いに向き合うことが、
家づくりの本当のスタートラインだと思います。
話が噛み合わないとき。
家族の意見が合わないとき。
家づくりで迷ったとき。
大切なのは「どちらが正しいか」
を決めることではありません。
「何を前提に考えているのか」
を知ろうとすることです。
自分の常識を押し通すのではなく、
相手の常識に耳を傾けること。
その小さな積み重ねが、
本当の意味で
家族の違いを認識して
暮らしを理解することにつながります。
そしてそれは、
本当に暮らしやすい住まいを
つくることにもつながります。
家づくりとは、
単純に建物を建てることではありません。
家族の未来について対話することです。
間取りの前に暮らしを考える。
正しさの前に価値観を共有する。
その時間こそが、
本当に帰りたくなる家をつくる
最初の設計なのだと思います。
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■やまぐち建築設計室■
奈良県橿原市縄手町387-4(1階)
建築家 山口哲央
https://www.y-kenchiku.jp/
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