ブログ・コラム
2026.02.07
料理の前に、心を整える。和食料理店の質を決める「空間と時間」の設計思想
- カテゴリ:
- 体験を設計する店舗・空間デザイン
料理を味わう前に、心がほどける空間を
和食料理店の「質」は、
どこで決まるのか?
和食料理店の設計をご相談いただくとき、
多くの経営者の方が、
まず気にされるのは
内装の雰囲気や素材のグレード、
席数、動線計画といった
目に見える要素です。
もちろん、
それらは重要です。

※過去設計デザイン案件「やまとや」CG
ARTBOX社「店舗・施設」の仕事
建築・インテエリア作品集に掲載
しかし、
長く支持される店と、
そうでない店の差は、
実はそこではありません。
本当にその店の「質」を決めているのは、
勿論「人」という
欠かせない部分もありますが、
料理を口に運ぶ前、
お客様の心がどのような状態にあるか?
という、
極めて目に見えない部分です。
和食における価値は
「満腹」ではなく「余韻」だと
考えています。
和食は、
強い香りや刺激で
記憶に残る料理ではありません。
季節の移ろい、
素材の声、
料理人の所作。
それらを、
ゆっくりと受け取る料理です。
だからこそ和食店では、
「満たす」よりも
「整える」ことが、
空間に強く求められます。
お客様の心がざわついたままでは、
どれほど丁寧に仕上げられた
料理であっても、
本来の魅力は半分も伝わりません。
料理を味わう前に、
すでに心が落ち着いている。
勿論「期待値」
というものも存在しますが
心の状態をどのように
つくれるのかが、
和食料理店の価値を大きく左右します。
「少し暗い」は、戦略
今回の空間では、
全体の明るさをあえて抑えています。
均一に照らさず、
視線を遠くへ逃がさず、
不要な情報を削いでいく。
この「少し暗い」という状態は、
人の緊張を解き、
感覚を内側へ向ける力を持っています。
多くの飲食店では、
「暗い=不安」「明るい=安心」
と捉えられがちですが、
実際の人間心理はもう少し複雑です。
過剰な明るさは、
思考を外へ向かわせ、
周囲の情報を拾いすぎてしまいます。
一方、
抑制された光の中では、
人は自然と呼吸を深め、
目の前の出来事に集中し始めます。
空間情報を抑えた
茶室に足を踏み入れた瞬間、
言葉にできない切り替わりが起こるのは、
まさにこの作用です。
和食料理店の入口にも、
同じような心理の転換が
必要だと考えています。
カウンターは「席」ではなく「舞台」
和食料理店におけるカウンターは、
単なる客席ではありません。
料理人の所作、
包丁の音、
湯気の立ち上がり、
器を置く一瞬の間。
それらすべてを受け取るための
舞台装置です。
だからこそ、
カウンターの高さ、奥行き、素材感、
料理人との距離は、
一つひとつ意味を持ちます。
距離が近すぎれば、
緊張が生まれる。
離れすぎれば、
臨場感が失われる。
「もてなす」という言葉ではなく、
寄り添う距離感。
会話を主役にするのではなく、
空気そのものが語る時間をつくる。
これが、
和食にふさわしいカウンターの
在り方だと考えています。
わびさびとは「削ぎ落とす経営判断」
わびさびという言葉は、
しばしば「和風」「渋い」といった
表層的なイメージで語られます。
しかし本来のわびさびは、
美意識であると同時に、
ある意味では強い意思決定です。
何を足さないか。
どこまで削ぐか。
どこで止めるか。
これは、
空間だけでなく、
経営判断そのものと重なります。
この空間では、
素材は主張するために使っていません。
黒を基調とした壁面、
荒さを残した床、
木・土・石の控えめな使い分け。
どれも、
「きれいに見せる」ためではなく、
時間と共に味わいを
重ねるための選択です。
流行に合わせて変える空間ではなく、
年を重ねるほど、
落ち着きと深みが増す空間。
それが、
店舗空間の土台になります。
照明は「演出」ではなく「所作」
和食料理店の照明で重要なのは、
明るさの数値や
器具のデザインだけではありません。
どこを照らし、
どこを照らさないか。
全体は抑制的に、
手元と器だけを、
そっと浮かび上がらせる。
影があるからこそ、
料理は立体的に感じられ、
余韻が生まれます。
これは、
料理の品格を守るための
空間側の所作でもあります。
照明が前に出すぎると、
料理は負けてしまう。
和食店における照明は、
常に一歩引いた存在であるべきです。
店舗の付加価値は「体験の質」で決まる
価格や立地、話題性だけでは、
店は長く続きません。
記憶に残る店には、
必ず理由があります。
それは、
派手な演出ではなく、
過ごした時間の質です。
※私も、10年通い続けている嵯助
日本料理店ではありませんが
10年通う理由があります。
五感が休まり、
自分の呼吸を取り戻し、
料理や場と静かに向き合える。
リラクゼーションサロンのように、
何かを「してもらう」のではなく、
自然と整っていく感覚。
この体験こそが、
和食料理店における
大きな付加価値になります。
店舗設計とは、
思想をかたちにする仕事
やまぐち建築設計室は、
内装を整えるだけの設計は行っていません。
その店で、
どんな時間を過ごしてほしいのか?
どんな気持ちで帰ってほしいのか?
そこにある思想を丁寧に掘り下げ、
空間・動線・光・素材に翻訳する。
それが、
設計の本質だと考えています。
飲食店開業者向けQ&A
Q1. 高級和食店は、なぜ「暗め」が良いのですか?
A.
暗さそのものが目的ではありません。
視線を整理し、感覚を内側へ向けるためです。
結果として、
料理への集中力と滞在満足度が高まります。
Q2. 席数を減らすのは、経営的に不利では?
A.
短期的な売上だけを見れば不利に見えます。
しかし、滞在単価・再訪率
紹介率を含めて考えると、
必ずしも不利とは言えません。
「質の高い時間」は、
お客様の人数以上の価値を生みます。
Q3. わびさびの空間は、
若い世代に響きますか?
A.
派手さではなく、
落ち着きや余白を求める層は
増える確率が高くなります。
年齢ではなく、
感覚の成熟度がポイントです。
ただし、人という根本的な
サービスの質を高める事も重要です。
Q4. 内装にお金をかける価値は
どこにありますか?
A.
内装は「見せるため」ではなく、
体験を安定して再現するための投資です。
空間が整えば、
接客や料理の質も
安定するキッカケになります。
和食料理店の設計は、
見た目を整える仕事ではありません。
その店が、
どんな時間を提供したいのか。
どんな価値観を大切にしているのか。
それを、
具体化して伝える仕事です。
この文章が、
飲食店を開業される方、
これから次の一手を考えている
経営者の方にとって、
「質の良さとは何か」を考える
一つのきっかけになれば幸いです。
○関連blog
売場ではなく、体験を設計する。上質な店舗、ブランドが大切にしている「選ぶ時間」という価値
https://www.y-kenchiku.jp/blog_detail740.html
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