ブログ・コラム
2026.01.10
住まいは、どう生きるかではなく「どう在るか」を映す・人生の軸から整える家づくりの話
- カテゴリ:
- 設計の事・デザインの事
どう生きるかの前に、
どう在るか。
住まいは、
生き方を育てる「場」である。
建築設計から考える、
暮らしの価値観について。
人は「どう生きるか」を考える前に、
「どう在るか」を
問われているのかもしれません。

※シンプルな和モダン住宅における
中庭とリビングの関係性を丁寧に設計。
見た目ではなく、
日常の感情と習慣を支える
住まいのあり方を形にした空間。
肩書きや成果、正しさや効率。
それらは確かに
人生を前へ進める力になります。
けれど、
日々の暮らしの中で
私たちを本当に支えているのは、
もっと静かなもの・・・・・。
朝の光、帰宅したときの安堵、
何気ない時間の
積み重ねではないでしょうか?
知ることよりも、行うこと。
正しいと知ったことを、
日々のふるまいにまで
落とし込む生き方。
この感覚は、
住まいづくりにも
そのまま通じます。
図面の中で、
どれほど理想を語れても、
実際の暮らしが
伴わなければ意味がない。
美しい言葉よりも、
毎日の実感こそが、
住まいの価値になる。
派手さはなくても、
使うほどに心が整い、
暮らすほどに自分に立ち返れる。
そんな住まいが、
人生の軸を支えるのだと、
やまぐち建築設計室では考えています。
良い家とは、
「正解」を並べた建物ではない
「良い家」と聞くと、
高性能、最新設備、
間取りの正解、SNS映え。
そうした「分かりやすい基準」が
先に浮かぶ時代です。
けれど実際には、
住まいの満足度を左右するのは、
スペックの
強さだけではありません。
・朝の支度が、なぜかスムーズに流れる
・帰宅した瞬間に、呼吸が深くなる
・家族の会話の温度が、荒れにくい
・ひとりになれる余白が、ちゃんとある
・音、光、匂い、視線・・・
・小さなストレスが溜まりにくい
こうした「言語化しにくい快適さ」の
積み重ねが、
日常の質を決めていきます。
そして日常の質は、
そのまま人生の質に直結する。
だから、良い家とは、
「正解」を並べた建物ではなく、
住まい手の在り方が
静かににじみ出る場所だと思うのです。
「住まい」に問われるもの。
選択肢が多い。
手段も多い。
情報も集められる。
だからこそ、
住まいづくりは逆に難しくなります。
・どれも「良さそう」に見える
・どれも「正しそう」に見える
・しかし、なぜか決めきれない
・決めた後も、どこか不安が残る
この状態は、
能力の問題ではありません。
むしろ真面目に考えて
真剣に生きている証拠です。
本当に整えたいのは、
家そのものではなく、
暮らしの軸だから。
忙しい日々の中で、
自分たちがどんなテンポで呼吸し、
何を大切にして暮らし、
どんな自分で在りたいか。
それが曖昧なまま
家づくりを進めると、
住まいは「立派な箱」になっても、
人生を支える「基盤」にはなりにくい。
この点は、
やまぐち建築設計室の
過去のブログでも
繰り返し触れている通りです。
「知行合一」という設計
学問の話を少しだけ。
「知行合一(ちこうごういつ)」があります。
知ることと行うことは、
本来ひとつである、
という考え方です。
頭で「正しい」と理解しているのに、
行動が変わらないなら、
それはまだ
本当には「知っていない」。
この厳しさと誠実さが、
ある学問の骨格です。
住まいづくりも同じです。
- 理想の暮らしを語る
- いい間取りを集める
- 正解っぽい設備を選ぶ
それ自体は悪いことではありません。
ただ、それが「行い」に落ちないと、
暮らしは整いません。
たとえば・・・・・。
「片づく家がいい」と言いながら
収納計画が「量」だけで決まり、
「戻す距離」や「戻すタイミング」が
設計されていない。
「家事をラクにしたい」と言いながら
家事動線が短いだけで、
「家事の気分が荒れにくい光」や
「音の反響」が
置き去りになっている。
「家族仲良く」と言いながら
会話が生まれる場所より、
「ぶつからない距離感」や
「逃げ場」の空間設計がない。
暮らしは、
理想よりも習慣でできています。
習慣は、
空間に引っ張られます。
人生には「喜怒哀楽」が存在します。
だから住まいは、
生き方の「結果」ではなく、
生き方を育てる場になる。
「致良知」住まいにおける
「良知」とは何か?
「致良知(ちりょうち)」という
考えがあります。
人の中には、
本来的に善悪を知る「良知」がある。
それを曇らせず、
日々の場面で発揮できるようにする。
そういう思想です。
住まいに置き換えるなら、
こう言えるかもしれません。
人は本来、
「穏やかに在りたい」
「丁寧に暮らしたい」
「大切な人を大切にしたい」
そう思っている。
けれど忙しさ、
情報、疲労、焦りが重なると、
その「良知」が発揮されにくくなる。
皆さんも普段の生活や暮らし
仕事の場面で
思い当たる事はありませんか?
だから、
住まいはそのための
環境を用意する。
- 心が荒れにくい動線
- 感情が尖りにくい距離感
- 立ち止まれる余白
- 呼吸が深くなる陰影
- 手触りの良い素材
- 音の刺さりにくい設計
- 帰宅時に「戻れる」玄関の空気
これは贅沢ではありません。
「人として整って在る」ための
土台設計です。
朝の光は「思想」になる
住まいの価値は、
派手さよりも、
毎朝の光に表れます。
カーテンを開けた瞬間の
やわらかさ。
眩しさではなく、包まれる明るさ。
影が落ちる場所があるからこそ、
光が美しく感じられる。
光は照度ではなく、
心の状態をつくる環境です。
「朝の光が整う家」は、
毎日を整え直す「入口」を持っている。
忙しさで自分を見失いそうな人ほど、
この入口が効いてきます。
帰宅の安堵は「設計」できる
家に帰ってきた瞬間、
ふっと肩が落ちる。
この感覚は、
間取り図の「線」だけでは
生まれません。
玄関の温度。
床の触感。
音の反響。
視線の抜け。
香りの滞留。
荷物の置き場。
上着の居場所。
一度呼吸を整える余白。
これらの総合点が、
「帰宅したときの安堵」を
生み出します。
完璧を目指した住まいほど、
豪華さはあるのに
落ち着けない家が生まれるのは、
この「平均点」と「総合点」が
整っていないことが多い。
見栄えではなく、
戻れる設計があるかどうか。
住まいは「品格」を映す
派手さではなく「にじみ」を丁寧に。
上質さとは、
足し算で作るものではありません。
むしろ、
余計なものを足さないことで
生まれます。
・線が少ない
・素材が正直
・陰影がある
・比例が整っている
・視線が落ち着く
・音が刺さらない
・空気が澄んでいる
こうした「にじみ」が、
住まいの品格を形づくる。
そして品格は、
住まい手の「在り方」と同じです。
派手に語らなくても、
毎日のふるまいに滲むもの。
それが、
家にも滲んでいく。
「在り方」を設計に落とすための、
三つの層について。
やまぐち建築設計室では、
住まいを三つの層で
捉えて整理します。
■思想の層
どんな暮らしを大切にしたいか。
何を手放し、何を残すか。
家族として、
どんな関係で在りたいか。
■習慣の層
朝の流れ。夜の流れ。
片づけ方。料理の仕方。
仕事と家庭の切り替え方。
どう暮らすか?の実際。
■場の層
間取り、動線、収納、光、素材、
音、外構。
習慣が自然に回るように、
場を整える。
この順序が逆転すると、
どこかで暮らしが詰まります。
やまぐち建築設計室が
「図面の前に人生の話を伺う」
と言うのは、
この「思想の層」を
曖昧にしたままで「場」を
つくらない為です。
この姿勢自体は、
既存ブログでも
一貫している部分です。
住まいづくりは、
人生の「答え合わせ」ではない
家を建てるのは、
人生が完成した後では
ありません。
多くの場合、
人生はまだ途中です。
仕事も、家族も、
身体も、価値観も、変化する。
だから住まいは
「完成された答え」ではなく、
変化を受け止め、
整え直せる場であるべきです。
「事上磨錬(じじょうまれん)」という
言葉があります。
日々の出来事の中でこそ
自分を磨け、
という意味合いです。
住まいもまた、
出来事が起きる「場」です。
子どもが泣く。
夫婦で意見が割れる。
親の介護が始まる。
働き方が変わる。
自分の心身のリズムが変わる。
そのとき、
住まいが人を追い詰めるのか、
それとも「整え直す方向」に働くのか。
この差が、
長い年月で効いてきます。
だから、
間取りの前に「在り方」を問う
どう暮らしたいか。
何を大切にしたいか。
そして、どんな自分で在りたいか。
この問いは、
抽象ではありません。
設計に落ちます。
・「余白が欲しい」
→ 余白の位置を決める
・「整えたい」
→ 片づく仕組みを決める
・「穏やかでいたい」
→ 音・視線・距離感を整える
・「集中したい」
→ 光・天井高・素材の触感を整える
・「もてなしたい」
→ 玄関からお客様の体験を設計する
・「家族を近くに感じたい」
→ 気配の通り道をつくる
・「干渉されたくない」
→ 逃げ場を用意する
在り方は、
設計の要件になります。
今日の選択が、
数年後・数十年後の
暮らしをつくるということ。
住まいは人生の縮図です。
今日の選択が、
明日の習慣になる。
習慣が、
人生の輪郭になる。
だからこそ
やまぐち建築設計室では、
急いで正解を並べるよりも、
丁寧に「にじみ」を
整えるべきだと考えています。
暮らしの価値を
丁寧に考える人にこそ、
住まいは「人生の軸」になっていく。
設計とは、暮らしの整え直し
やまぐち建築設計室の設計は、
「とにかく早く」
「決まった正解がほしい」
という方向性とは、
少し違うところにあります。
暮らし方を見つめ直し、
自分たちの軸を整え、
その軸にふさわしい場をつくる。
新築・建て替え
リフォーム・リノベーション。
どの選択が正しいかは、
暮らしの核によって変わります。
もし今、
暮らしに小さな違和感や、
言葉にできない疲れがあるなら、
それは住まいから
整え直す合図かもしれません。
住まいは、生き方の「結果」ではなく、
生き方を「育てる場」です。
その「場」を考える時間は
人生を問い、
整え直す大切な時間です。
このブログが、
皆さんの
住まいと暮らしを見直す
小さなきっかけになれば幸いです。
○関連blog
言葉から始まる住まいづくり・家族の関係と人生を静かに整える建築家の設計思想
https://www.y-kenchiku.jp/blog_detail704.html
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■やまぐち建築設計室■
奈良県橿原市縄手町387-4(1階)
建築家 山口哲央
https://www.y-kenchiku.jp/
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