ブログ・コラム
2026.02.24
見えている現実だけに囚われないために ― 視野を広げるという人生の思想について
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見えていない層を想像するという生き方。
私たちは、
目に映るものを「現実」と呼んでいます。
しかし本当に、
それがすべてなのでしょうか?

目の前にある出来事。
誰かの言葉。
今の状況。
数字や結果。
それらは確かに目に見えている
「事実」ではありますが、
それが「全体」であるとは限りません。
そして「思考」という
フィルターを通して見えている
物事です・・・・・。
むしろ、
目に見えているものは
氷山の一角のように、
ほんの一部分に
すぎないのかもしれません。
最近は皆さんも
よく耳にする「切り取り」に近い部分。
見えている景色が、
世界のすべてだと錯覚する瞬間
焦りや不安に包まれているときほど、
私たちは視野を失います。
「いまの状況がすべてだ」
「この失敗が人生を決めてしまう」
「この評価が自分の価値だ」
そんなふうに、
見えている一点を「世界の全体」に
拡大してしまう事はありませんか?
けれど人生やモノゴトは、
常にいくつもの層を持っています。
水面の上に見えている波だけでなく、
その下には、
ゆっくりと流れる潮流がある。
言葉にされていない想いや
まだ芽吹いていない可能性。
今は形になっていないご縁だったり
時間の中で熟していく未来など。
それらは、
確実に存在しています。
沈黙の奥にあるものを
想像できる人であるように。
人は、基本的にすべてを語りません。
語られなかった事情。
飲み込まれた本音。
表情の奥にある葛藤。
目に見える態度や言葉だけで
判断してしまえば、
人間関係は簡単にすれ違います。
けれど、
「その裏側には何があるのだろう」と
一歩想像できる人は、
世界の見え方が全く違います。
想像力は、
優しさの源泉であり、
知恵や知識の根底であり、
自身の人間力でもあります。
背景を思う力は、
自分の感情を整える力でもあります。
自分の未来にも、
まだ見えていない層があり
そしてそれは、
他人だけではなく
自分自身にも向けられるべき視点です。
今の自分に見えている未来だけが、
可能性のすべてではありません。
いまは芽が出ていない
だけかもしれないし、
いまは準備期間
なのかもしれないという事。
いまは土の中で、
根を張っているだけかも
知れません。
未来は、
「見えてから信じるもの」ではなく
「見えなくても信じることで育つもの」
だという考え方もあります。
視野が広がると、
感情は穏やかになり、
視野が狭くなると、
感情は揺れやすくなります。
世界が一点に縮小すると、
不安は膨張します。
しかし視野が広がると、
世界は立体になります。
今はその一部でしかなく、
まだ別の層があり、
まだ別の選択肢がある。
そう考える事が出来るだけでも、
視野や思考、行動は変わります。
見えていない範囲にも意識を向ける
見えているものだけに囚われない。
見えていない範囲にも
意識を向けるということは
現実逃避ではありません。
むしろ、
より広い現実を受け入れる
姿勢ではありませんか?
表層ではなく、構造を見る。
結果ではなく、過程を見る。
今だけでなく、時間軸で捉える。
そうした思考は、
人生を豊かにします。
なぜなら、
選択肢が異なり、
可能性が変化するからです。
そして、他者に対しても自分に対しても、
意識が変化します。
人生を少しだけ豊かにする姿勢として、
世の中の見えているものは、
ほんの一部。
この前提を持つだけで、
世界の解像度は変わります。
焦りは静まり、
判断は柔らぎ、
未来は広がるかもしれません。
見えない範囲を想像することは
思考の深さであり、
優しさであり、
希望でもあるのだと思います。
人生はいつも、
私たちが思っているよりも、
広いものです。
だからこそ、
見えている景色だけで、
世界を決めてしまわないように。
それが、人生を、生き方を
可能性を豊かにする為の
ひとつの思想なのだと思います。
判断軸の持ち方を
丁寧に考えてみませんか?
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